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【実体験】セカンドオピニオンで道が拓ける!自律神経失調症や鬱病は病院を変えよう。

今回は病院を変えよう、セカンドオピニオンは大切という話です。

20歳前後に私自身が自律神経失調症、鬱病になり苦労しました。いや、苦労という言葉だけでは言い表せないほどのつらいつらい長い日々でした。

自律神経失調症・鬱病の私の症状

私の症状を箇条書きすると…

1.思考力低下

2.記憶力低下

3.日常的な頭痛

4.感情の低下

5.感情のコントロールが困難

6動悸

7.呼吸困難

8.手の震え

9.水ぶくれ

10.皮膚炎

11.不眠症

12.意欲低下

自律神経失調症と診断される私

当初頭痛が続き、思考力や記憶力、意欲が低下している事を感じた私はこれはヤバい、「自分が自分じゃない」と思って近くの総合病院に行って診断を受けました。

私は何か酷い脳の病気かなと思ってドキドキ待っていましたが、病名を聞かされた時はえっ?私が?自律神経失調症、鬱病?っと思ったのを覚えています。それと同時にやっぱりカラダがおかしかったんだと病名がついて安堵した事も覚えています。

自律神経失調症、鬱病は総合病院では対処しきれないようで、専門のメンタルクリニックを紹介され、まずそちらで治療を行いました。

最初の専門クリニックが合わない

紹介されたところは某有名出版から著作も出している有名なメンタルクリニックです。結論からいうとこの病院が私にとっては合わず、症状が悪化の一途を辿って行くことになりました。2年ほど通いましたが、成果は出ません。特に薬が漢方薬重視で、薬の変更も滅多にしない。私も薬をコロコロ変えるのは良くないと思っていたので従っていましたがこれが間違いでした。効果がないならすぐに病院も薬も変えるべきです。しかしその頃、私の頭の中にはセカンドオピニオンという考えは全くありませんでしたし、その病院に月に2回程度行くだけで大変でした。今思えば、病院を変えれば早期回復もあり得たと非常に後悔しています。3年以上無駄にしたと私は思っています。若い時の3年って年配の方の10年以上に匹敵すると思いますし、かけがえのない時間です。ですのでもし近い症状の方が少しでもこちらの記事が参考になれば幸いです。

ポジティブシンキングが災い

私のマインドはポジティブ思考で、病が分かれば対処方法があるので努力すれば治ると思っていました。しかし、予想に反してどんどん悪化の一途をたどって行きました。苦笑

病院が合わないという事も相まってやればやるほど悪くなる。今でこそ笑えますが、当時はこんなに努力しているのになんで治らないんだ!と怒ったり落ち込んだりしていました。私の中ではゆっくり治すつもりでやっていましたが、それ以上にゆっくりと改善していく病なんだと分かったのはだいぶ後の話になります。

病が悪化して残りの方法は何もしないという選択しかありません。

何となく生きてなんとか呼吸して、

眠れそうな時に眠る。そんな生活を2年程度続けていました。

その当時1番酷かった時期は皮膚炎が発症した時です。皮膚が脱皮のように厚い皮膚がポロポロポロポロ落ちて部屋はその皮膚だらけ。しまいには、少しかいただけで、かいた箇所が水ぶくれになり、黄色い膿が顔やら足やら体中にできました。匂いも臭く、外には出られませんでした。お風呂も痛いし痒い。かいたらまた水ぶくれに。呼吸が苦しく寝ようにも不眠症で思うように寝られない。涙が出るような日々を過ごしました。

次第に症状が緩和、内的要因(心の問題)外的要因(経済面・対人関係)が解消された事が理由

月日が経つと皮膚炎も徐々に落ち着き、痛みや痒みが引いてきました。「もう死ぬかもしれないなぁ」くらいのスタンスだったのが良かったのかもしれません。日々何も考えないで何もしないでいるとなんとなくですが微かに思考が良くなってくる気がしました。改善がみられるかもと思う時期は1週間とかそういうレベルではなく1年間くらいのスパンで物事が進んでいく感じです。凄まじくゆっくりと改善の兆しが見られました。

すぐに治るはずもなく「そもそもこの病になるのは風邪みたいな短期的に起きたものではなく、1年や2年以上通してなった病。だから、回復も同じくらい又はそれ以上に時間を必要とする」という考えに至りました。そういった考えも良い方向だったかもしれません。

例えて言うと、野球選手のピッチャーがより良くなろうとフォームを変える。でもこのフォーム変更は失敗に終わり、今まで良かったフォームに戻そうと試みる。しかし、1年経っても2年経っても元通りにはならない。結局戻す事は出来ずに引退する。そんな感じでしょうか。そういう治らないかもしれないという考えを念頭に置くとかえって私にとっては楽になりました。完治は出来ないかもしれない、する必要もないと。完治が出来る可能性があるという微かな希望があるよりも完治はしないと思った方が気持ちとしては割り切ることが出来て筋道が決まっているからハードルを下げた基準で1つ1つステップを踏む事が出来ました。

心の持ち方

少し具体的に説明すると、当たり前の事も現在は難しいと自分に思い込ませます。今まで当たり前のように考えられた事が出来なくなったり、喜ぶ事が出来なくなったり、動く事ができなくなったり、そのギャップがつらいです。自分が今までの自分と違うと分かっておきながらどうする事も出来ないわけですから。あえていうなら今まで積み上げたものが素晴らしかったということだと思います。そのギャップを感じている時点で私は誇りに思いますし、もし読者がそのような境遇ならあなたを私は尊敬します。(一つ一つのステップについては別記事で詳細にします。)

ついに別の病院へ

そしてなによりその改善の兆しが見えた時に病院を変えた事が改善の拍車をかけました。地元の病院に変わり薬も効果がなかったらすぐに変えて試してくれました。対応が以前の病院とは全く異なります。これが私にとって一番良かったです。この時セカンドオピニオンの大切さを知りました。薬の重要さに気づきました。ここまで違うのかと。そしてセカンドオピニオンの大切さ、薬の重要さが分かる事に2年も費やしてしまいました。一生戻ってこない若い時間を私は無駄にしました。

まとめ

この病気になったから今があるとかこの経験が今後に活きるとかそういう事は言いたくありません。病気にならなければ別の未来があったんですから。スポーツ選手が3年間何も出来ないとします。練習してきたライバル選手、病気で何も出来なかった自分、そのハンデは早々埋まるものではないですし、ビハインドからですので通常に戻すだけでも年月を要します。選手寿命が短いアスリートは特に致命的です。でもアスリートに限らずどんな人でも当てはまります。子育てをしている人、こどもの幼い頃は幼い時にしか関わる事が出来ません。サラリーマンは一度の病気で出世街道から外れ、窓際に追いやられる。

自分がしたい事が出来ない時間はやはり無駄です。無駄以外にないです。厳しいですが、そうならないために本来なら対処するべきです。残念ながら私は対処が出来ず2年は病院が合わず無駄にし、更に回復するのに1年以上時間を無駄にしました。そうなっては欲しくない。時間を無駄にしたくないならすぐに病院を変えるべきです。切に願います。

心の問題である内的ストレス・経済面や対人関係などの外的ストレス・自分の相性に合う病院の3つの要因を克服すれば、改善が必ず見られると私は考えています。実際にこの3つがより良い状態になった時に私は治りました。

この病院は合わないなと思ったら、変化は苦痛ですが必ず病院だけは変えましょう。又はセカンドオピニオンで一度別の病院に行ってみましょう。

自分に合う薬がきっと見つかります。私はデパスという薬が非常に合い、飲んで落ち着きました。薬って効果があるんだと初めて知った瞬間です。少しずつ薬の量を減らしていき今では薬を飲まず病院にも行く必要がなく、日常を楽しく過ごしています。

動くだけで大変だと思います。その状況の中で病院を変える事は相当に苦痛ですが、ホントにこれだけやれば、人生においての時短が出来ると強く強く思います。

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